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奥穂高岳(1日目) 

041

奥穂高岳 2004.10.10(Sun)~12(Tue)


【データ】 
●標高:奥穂高岳=3,190m(本邦第3位)
●ルート:1日目=上高地明神~徳沢~横尾~本谷橋~涸沢
      2日目=涸沢~涸沢パノラマコース~ザイテングラート取付~穂高岳山荘~
           
奥穂高岳~穂高岳山荘~ザイテングラート取付~涸沢小屋~涸沢
      3日目=涸沢~本谷橋~徳沢~明神~上高地
●標高差:1日目&3日目=796m(上高地~涸沢)
        2日目=890m(涸沢~奥穂高岳)
●歩行距離:1日目&3日目=約15km、2日目=約6km
        ※3日間累計=約36km
●アクセス:長野自動車道松本ICから沢渡駐車場まで約40分、沢渡駐車場から上高地バスターミナルまで約30分(タクシーは前金制で定額4,000円)

【行程】

<2004年に初のテント泊@涸沢でガスガスの中奥穂に登頂したときの山行記録です。
大分前の記事ですが、加筆修正し、画像も拡大&追加したのでお楽しみください手書き風シリーズハート


木木木


2004年の8月から計画していた2泊3日テント泊での穂高(北穂高~涸沢岳~奥穂高)縦走。
しかし、なかなか3日間の晴天に恵まれず、常に直前キャンセルとなってきました406
9月末には天気予報に踊らされ、10月頭には自分自身が風邪を引いてしまいました
(1週間も37℃の微熱が続き、登山どころではありませんでした400)。


10月の3連休に向け、体調も回復して準備万端!と気合を入れた矢先に、
今度はなんと台風発生のニュースが飛び込んでくる始末。。。がっくり
「これはもう今年は穂高はやめろということかねぇ。」母がため息交じりにいいます。
そして、直前まで天気予報とにらめっこをした結果、台風が予想より早く通過するとのこと。
台風一過の晴天を狙い、この3連休(+有休)に奥穂挑戦を決行しました。


木木木



台風22号が通過した直後、10日の午前0時過ぎに自宅を出発。
事前にインターネットで調べた結果、東富士五湖道路は大雨により通行止めとのこと。
私たちが到着する頃には通行止めが解除になっているかもしれない
という淡い期待を抱きながら御殿場に向かいましたが、結局通行止めのまま。
仕方なく一般道で中央道河口湖インターへ向かいます。
しかし!久々の本格的に曲がりくねった山道で、
しかも夕飯のハッシュドビーフを少々食べすぎていたため、
まんまと車酔いになってしまいました。。。404
吐き気と戦い、遠心力に逆らいながら、何とか山道を抜け、中央道にたどり着きました356


4:30に沢渡第一駐車場に到着。まだ雨が本降りでした279
車内で仮眠を取ってから目覚めると、雨はもう止んでいました。
5:45に駐車場を出発。バス停には既に行列ができていたため、タクシーを捜します。
すると、バス停の係員のおじさんに、昨晩の雨による通行止めの解除待ちと
、釜トンネルの信号(当時はまだ新釜トンネルの工事中で、8分待ちの片側通行)待ちの間、
メーターを止めてくれるという親切な運転手さんを紹介してもらいました266


002

6:45に上高地を出発。
3連休で、台風一過の晴天を狙う登山客が行列を作って涸沢へ向かいます。
梓川沿いの平坦な道を、大きなザックを背負った登山客が足早に通り過ぎていきます。
しかしこちらはザックの重さに耐えかねて、普段よりペースダウン164
このとき、他の登山客とのレベルの違いを痛感しました。
やはり穂高は初心者(登山歴2年の初テン泊)には早すぎたのでは。。。 
それでもこれも勉強と思い、周りの歩き方をよく観察しながら、
マイペースで進んでいきます。


木木木


明神を過ぎると、梓川沿いの道が続きます。
梓川は、台風による雨の影響で、清流ではなく激流になっていました;
それでも水は茶色くにごらず、きれいでした353


009

8:30に徳沢園に到着。
ここで、新田次郎の小説『栄光の岩壁』の主人公、
竹井岳彦の冬篭り生活を思い出しました。
ここまで凍傷で足先を失った「足でない足」で登ってくるのは
大変だったろうな・・・と思いました。
徳沢園前のベンチで小休止し、朝食を取ります。


014

青空の下、梓川沿いの平坦な道を進みます。


 018

9:50に横尾に到着。横尾では、数多くの登山客が休憩中でした。
皆重いザックを下ろし、写真撮影に勤しんだり、木陰で一服したりしていました。


 020

横尾大橋。ちょっと雲が出てきました・・・277


022 

橋の上から見た激流。


木木木


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 横尾大橋をわたり、熊笹の生い茂った道を進んでいくと、目の前が開けて屏風岩を発見。
新田次郎の岩壁登攀の世界に思いをはせます。
ここら辺から本格的な紅葉が始まっていましたが、曇り空でイマイチ紅葉が映えません。。。


037 

11:15に本谷橋に到着。


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本谷橋に着くと、対岸に人の群れが!団体客が休憩中のようでした。
こんなに沢山山荘に泊まれるのかと疑問に思います。
しかし、すぐにタクシーの運転手さんから聞いた話を思い出しました。
先週末にはなんと300人ほどの登山客が宿泊したのだとか。
畳一畳に3人くらいの雑魚寝状態を想像し、少し気分が悪くなりました。。。


私たちもここで休憩し、団体の後ろから登っていきます。ここからが本当の「登山」でした。
過去最高の重量を誇る荷物を背負い、肩が悲鳴を上げていました。 


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ペースの遅い団体客に道を譲ってもらいながら、自分たちのペースで登っていきます。
ここまで来ると、紅葉が見ごろを迎えていました34
麓では黄色が主体でしたが、ここら辺では燃えるように真っ赤に色づいていました。


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しばらくすると、ヒュッテが視界に入ってきます(この写真はちょっと見難いですが・汗)。


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登山客は皆カメラを構えて思い思いに写真を撮っていました。
そのため、登山道はやや渋滞気味になっていました。
しかし、こんな見事な紅葉を目の前にして写真を撮らないわけにはいかないので、
先を急ぐ人のために少し道を明けるようにして写真を撮りまくります。


涸沢ヒュッテ直下の石畳の登りでは、スポーツジムの階段運動で鍛えた甲斐あって、
健脚者のペースで快調に登ることができました221(というか、元々心臓が強いらしいです)
さっきまで私を追い抜いていった人々を、今度は私が追い越していきました。
母を置いて、一足先にテント場確保に向かいます。


 13:30に涸沢に到着。それと同時に雨が降り出しました279
風でテントを飛ばされた登山客、一名。(因みにうちじゃないですよ。)


080 

我が家のテント47(この頃はフライシートさえ持ってませんでした12


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テント設営後、着替えて涸沢ヒュッテへ。
名物のおでん376を食べます(うっかり写真を撮ることを忘れてしまいました。・・・残念!)。
よく味がしみこんでいて、アツアツで美味しかったです415


 その後、テントに戻って明日用のアタックザックをパッキングして、夕食第二弾の準備。
(アタックザックといっても、背負ってきたデカザックから余計な荷物を出しただけですが・汗)
メニューはピラフ/五目御飯、ホットレモン、(お昼の残りの)サンドイッチ、それとカプチーノ。
夕食準備中に、順天堂大学大学院とフェニックス社共同のアンケートをやっていて、
これに答えたらカラビナをもらえました221


 17:30に早々と就寝。
・・・しかし、隣の関西人ファミリーと向かいの30代(と思われる)カップルのテントがうるさくて
しばしば安眠を妨害されました。これもテント泊の醍醐味でしょうか。。。


明日はいよいよ富士山、北岳に次いで日本で3番目に高い山・奥穂高岳に登ります218


5402日目に続く540 


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